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2015年6月

2015年6月15日 (月)

一人遍路 68番神恵院(じんねいん)、69番観音寺(かんおんじ)、70番本山寺(もとやまじ)

こんばんは。
3月26日は神恵院、観音寺を打ちました。
朝、10時半に観音寺駅を出発。

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観音寺に向かう途中の橋には町を代表する寛永通宝と花が。
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一時間ほどで観音寺に着きました。

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大きな目が、どこか愛嬌のある仁王像

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2002年に新しく建立された神恵院(じんねいん)の本堂はコンクリートの打ちっぱなしと白木を組み合わせた大変モダンな建物で、中はコンサートが開けそうな広々とした空間。

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室町時代に足利尊氏の子、第45世大政大僧正作庭の巍巍園(ぎぎえん)
山の斜面や岩石や流水を利用した立体的な回遊式日本庭園は、ていねいに刈り込まれていました。

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太子堂Img_3114観音寺の本堂

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観音寺の太子堂

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納経のあと、裏山の松林の展望台から

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砂で描かれた寛永通宝は1633年(寛永10年)に丸亀藩主、生駒高俊公の領内を巡視を知りを歓迎するために地元の人たちによって一夜で作られたと言われる。

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「根上がりの松」
琴弾公園の東側にあり、老いた黒松の根が上がって地面に露出して、太さ1mの根が四方八方に広がっている。

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幹は天に向かって高く伸びている
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寄り道をして遅くなってしまった。
あの橋の向こうの70番本山寺に向かって川沿いを歩く。

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沿道に桜のつぼみImg_3161
五重塔が見えてきた

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根上がりの松から一時間余で、807年に天皇の勅願で弘法大師が開祖した70番本山寺に到着。
切妻造り、本瓦葺き。和様、唐様、天竺様の三つの様式を備えた山門は全国でも珍しく国指定の重要文化財。
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さっき遠くから見えた五重塔

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太子堂
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1300年建立の国宝の本堂は寄棟造り、本瓦葺きで外観は京都風、中は奈良風の造りだそうです。

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2万平方メートルの境内にどこから見ても絵になる五重塔。809年に建立されたが、損傷が激しく明治43年に建て替え。

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我関せずとばかりに納経所の前に座り込む黒猫、今も元気にしているかな~

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茅葺屋根の鎮守堂は室町時代末期の様式で霊神、善女龍王が祀られている

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遅い昼食を道沿いの「スシロー」に立ち寄る

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高瀬町に入って

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住宅地の遍路道で個人のお宅の外壁に親切な道標が。お遍路さんにとってはとてもうれしい。

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29251歩

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「根上がりの松」に寄り道をしたのと、道迷いで有明浜に出てしまって遅くなってしまった。

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夜道を歩くお遍路さんはあまり見かけない。






















2015年6月14日 (日)

一人遍路~84番屋島寺

こんばんは。
3月24日(火)はのあと帰宅し琴電潟元駅から屋島小学校の横を通り屋島寺へ。

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弘法大師が屋島に向かう途中、休憩をし、のどが渇いたので祈祷をしたところ岩の間から水が湧きでたといわれる水。「加持水」

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食わずのなしの近くに可愛いお地蔵さま。

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屋島寺までの上り坂は思ったよりきつく長かった。

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唐の鑑真和上が大宰府から奈良に向かう途中立ち寄り、北嶺に天平勝宝5年(753年)に開祖。その後弘法大師が嵯峨亜天皇の勅願により南嶺に伽藍を建立され、山岳仏教の修験場とし栄えた。

仁王門

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鎌倉時代後期に建てられた入母屋利造りの本堂は昭和32年から2年間かけて修復。


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蓑山大明神は、弘法大師が道に迷ったとき、蓑をかぶった老人に変化して太子を屋島山頂まで導いたと言われる太三郎狸を祀っている。
子宝、縁結び、家庭円満の神様。

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太子堂
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七福神

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清々しく広い境内。国指定の重文の鐘楼の梵鐘は貞応2年(1223年)に作られもの。
平家供養の鐘と言われる。
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標高約290mの山上からの景色。

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瑠璃宝池は、壇ノ浦合戦後源氏の兵士が刀を洗った血の池と呼ばれる。

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八栗寺への遍路道は急な下り坂で

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必死で下山

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山道横にスミレが咲いていた。車道を横切って

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しばらく細く急な山道を駆け下りるとフェンスが。
もう今更元の道に戻る気力はない。跳び越えようかと近づいてみると「イノシシ侵入防止柵。解放開閉にご協力を」とある。ロックは開いた。(;;;´Д`)

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あの向うの山が標高375mの八栗山。

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マルナカのそばの橋を渡り

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ここからあの山のふもとまで、5時までの納経は無理だな~。
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17974歩。今日は一ヶ寺 

2015年6月13日 (土)

44番大宝寺と久万高原町のお雛祭り

こんにちは。
3月22日(日)は歩きツアーで大宝寺です。

先月に乗った場所から8時半歩行開始。

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しばらく車道を歩く。

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1時間ほど歩くと標識が見えて来た。大宝寺まであと5km。

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途中の案内板には大宝寺の名前はまだ見えない。

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途中、三島神社で休憩。

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由緒ある神社のようだ。
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そろばん? どうやって使うんだろう。
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いよいよ大宝寺。

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結構急な坂道。

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福寿草

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山道を3時間近く歩いてやっと久万高原の町に出る。
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もうとっくに3月3日は過ぎているのにお雛祭り。

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各家庭で工夫して展示されている。
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軒下にも
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竹の利用もいろいろでおもしろい。

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杉の古木の林を通り抜けて
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43番明石寺から80km。海抜490mの大宝寺にやっとたどり着いた。

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大和朝廷の時代に百済から高僧が携えてきた十一面観音像を山中に安置し、飛鳥時代になって大宝元年に狩人の隼人兄弟が見つけ草庵を結んで祀った。

文武天皇が大寶寺と号し創建。
弘法大師が120年後にこの地を訪れ天台宗から真言宗に改宗。

その後、3度も火事にあって現在に至る。

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大正14年に再建された本堂

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太子堂
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33361歩、歩いた。

 





















2015年6月11日 (木)

枌所の山里で遊ぶ

こんにちは。
3月17日朝、一宮寺を打ったあと、3組の友人たちとに分乗して綾上町の枌所の山里へ行きました。
綾上町の山里に遊びに行くとしか聞いていなくて、着いた所ではBさん友人のNPOのメンバーの方がでうどん作りの準備をしてくださっていました。

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うどんができる間、私たちは坂を登って山を観たり、しいたけを採ったりして山を散策。
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樹齢300年の巨大山桜の開花はまだでした。
             
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シイタケも栽培している。

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そろそろうどんが出来ている時間。

この景色を見て「高き屋に のぼりてみれば煙たつ 民のかまどは にぎわいにけり」の
新古今集の仁徳天皇の歌を思い出した。
民が幸せな様子をごらんになって穏やかな気持ちになられたのでしょう。

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テーブルを外に出してさっそくいただく。 はYoさんの差し入れ。

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ああ、おいしかった 手作りのサトイモが特に。確かヤツガシラだったかな。

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Yaさんより手作りの急須をいただく。向こうはMさんの手作りのいちご大福。
3組のみんなにいただいてばかり(;´Д`A ```  でもうれしい;:゙;`(゚∀゚)`;:゙

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帰りに土筆を見つけて童心に帰って喜んだ。

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菜の花も満開。

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お土産ヽ(´▽`)/

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子供のように里山で楽しんだあとは気持ちを切り替えて一人遍路に変身しました。















 

株主優待(イーサポートリンク、大成ラミック、コカ・コーラウエスト、太陽化学、JT)

こんにちは。
溜まった株主優待品を載せます。

イーサポートリンク 夏はジュース、冬はリンゴ。皮をむくのが面倒で家族はあまり食べな                   
             ので痛み始めている。\(*`∧´)/

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もったいないのでジャムを作った。

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大成ラミック    以前は年2回3000円分だったけど、現在は年1回5000円分。
            

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広げると

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買い物に行くのが億劫な時や非常時の保存食用にも便利でいつも楽しみ。

コカ・コーラ・ウエスト

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JT         

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太陽化学  真ん中のカフェは初めて (*^-^)


ドリンク類はお遍路で重宝しました (*゚▽゚)ノ

          

2015年6月10日 (水)

一人遍路 一宮寺~潟元駅

こんにちは。
3月18日に83番一宮寺を打ちました。

前回と同じタイトルですが、最後の写真のあと作動しなくて、原因は容量がいっぱいのようで一応お引越しをしました。

同じタイトルでのお引越しはできないようですがなぜかできました。
理由はよくわからないけど、もし続けられなくなったらその時また対応しましょう((w´ω`w))

朝8時半に一宮駅に着き

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前回http://riri28.cocolog-nifty.com/blog/cat59817931/index.html 必死で歩いても納経時間に間に合わなかった一宮寺へ。

日本に仏教が伝えられて160年後の大宝年間(701~704)義淵(ぎえん)により創建され、のち行基により一宮寺と改められた。
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丁寧に掃き清められた清潔感のあるお庭でした。

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隣接する田村神社へは、節分祭や40年近く毎年お正月にお参りに来ているけど一宮寺は初めて。
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本堂の中に納経箱が置かれ、おみくじなども売られている。

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↑↓の時間差は?

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遍路道を聞こうとして立ち寄ったお店は偶然、先日お邪魔した「みもざ」さん。
長大の友人のお店で2時までモーニングのお店。
定年退職後、開かれてまだ1年のお店でお一人で奮闘されている。

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お客さんが道を教えてくださって マスターからお接待をいただいた。
「ありがとうミモザさん、改めてまたお邪魔しますね。」

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街中の遍路道はわかりにくい。どこを歩いてもいいのなら聞く必要もないんだけど遍路道を歩きたいので遅くなった。

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潟元駅に着いた頃は真っ暗。
少しでも多く歩いておきたかったので遅くなりましが、お遍路さんは4~5時に宿に着くのが一般的。
私は自宅なので大丈夫ですが、人目には暗闇を歩いているお遍路さん不気味だったかも・・・。あまり見かけないもの。(;´Д`A ```

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